第89号
第89号
2016・05・25 更新
笠間芸術の森公園内茨城県陶芸美術館=笠間市
笠間芸術の森公園内に2000年4月にオープンした、陶芸専門の県立美術館。陶芸界初の文化勲章受章者であり「近代陶芸の祖」といわれる茨城県ゆかりの板谷波山の作品や、笠間市で作陶活動を続けた松井康成をはじめ、「人間国宝」として知られる重要無形文化財保持者の作品が常設されている。
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「新・水戸市民会館計画」及びこれに係る市費の支出の賛否を問う
住民投票条例制定請求に関する意見陳述
田 中 重 博
2016年5月16日 水戸市議会において
私は住民投票条例請求代表者の一人で、「新・水戸市民会館計画を白紙に戻し、市民の声を反映させる会」(略称「市民の会」)の共同代表を務める、茨城大学名誉教授の田中重博でございます。私は茨城大学で38年間、地方自治論を教育・研究し、3年前に退職いたしました。このような地方自治の専門家の立場から意見を陳述いたします。
まず第1に、新・水戸市民会館計画を問う住民投票条例制定を求める署名が1か月(実質29日間)という短期間に法定数の3.3倍以上の1万4691筆も集まったことは、この問題への市民の関心の強さと広がりを示すものであり、市長や議員は、この広範な市民の思いや願いを真摯に、重く受け止めなければならないと考えます。
第2に、巨額な事業規模と立地場所を事実上市長の独断で決定した異常さと市民からの意見聴取の不十分さについて指摘しなければなりません。
すなわち、平成25年12月議会で、高橋市長は、新市民会館を泉町1丁目北地区再開発事業で実施することや、2000名収容の大ホールとすることを突然表明し、「水戸市第6次総合計画」(「6水総」)で68億円と策定した事業費をその4倍以上の300億円以上の巨大な額(面積では旧市民会館の約3倍の巨大なもの)に膨張させたのです。その後、議会に特別委員会が設置されたものの、事実上、市長の提案を追認しました。
また市民からの意見聴取については、市民アンケートは現在の計画を前提とするもので、その回答者もわずか331人(有権者の0.15%)にすぎず、パブリックコメントの意見数も計14人55件しかなく、全く不十分なものでした。私たちはせめて1万人規模のアンケート調査の実施を提案しましたが、それも実施されませんでした。
このように、市長が市民の意見を十分に聴かず、このような重大な変更を行ったことは、地方自治と民主主義の原則からも許されるものではありません。
3番目に、巨大な借金と多額の将来負担の問題です。
新・水戸市民会館の事業費約320億円(この額は、市の資料に基づいて建物費用192億円に、家の建設なら用地費に当たる市街地再開発費103億円並びに予想される専用駐車場建設費20~30億円を加えて算出したもので、根拠のある正当な見積もり額です)は、水戸市の一般会計予算の約3分の1に匹敵します。国の補助は、建物建設費192億円では12億円しかなく、震災復興特別交付税の手当てもありません。
総事業費320億円は27万人市民1人当たりで12万円の負担(4人家族では48万円)で、その大部分が市債(借金)で子供の代まで多額の借金の返済を負わせることになります。
公有地などに旧市民会館と同規模のものを建てると70億円以下で済みます。
市長が進める4大プロジェクトは合計1000億円以上で、市の一般会計予算に相当する巨大な額で、市債残高は2452億円もの膨大な額となります。4大プロジェクト全体が10億円単位で事業費の増加を繰り返しており、事業費はさらに膨れ上がる可能性があります。
高橋市長は、4大プロジェクトは「選挙公約」であるといいますが、新・市民会館の立地場所や規模や事業費等については公約では全く触れられていません。これでは市長の計画が市民に認められたとは到底いえません。市民は「巨大箱もの」によるけた外れの税金の浪費を決して「白紙委任」したわけではありません。
4大プロジェクトは全体として見直し、削減すべきです。特に、東町運動公園新体育館はそもそも水戸市ではなく県が行うべきものですが、メインアリーナは「客席約3700席」とされ、目的や規模が新市民会館計画と重なる面があり、重複投資となる恐れがあります。
市民会館は、市民の芸術文化を育成し、市民の自主的で自治的活動を促進するなど市民になくてはならない重要な施設であり、私たち「市民の会」も身の丈に合った市民の使いやすい新しい市民会館の早期の建設を強く望んでいます。
しかしながら、巨額の税金の無駄使いとなり、子供たちに多額の借金の返済を負わせる計画は、やはり一旦見直し、市民の声を十分聴いて計画を練り直す必要があると考えます。
第4に、利権がらみの疑惑と特定企業優遇についてです。
今回の事業は、再開発事業により、旧京成百貨店の所有者であり、最大の地権者である「伊勢甚」に「補償金」という形で約30億円もの巨額の税金を供与するものです。「伊勢甚」は旧京成百貨店を10年前に19億円で買収したとされています。したがって30億円マイナス19億円の11億円プラス「解体費」13億円の大半が「伊勢甚の利益」となります。一部特定企業と行政の癒着、「利権政治」の産物という批判を免れません。このような疑惑について、市当局は市民に対し明確な説明をしておりません。
また、志村病院の移転代替地の買収でも、水戸市が直接買収し、移転する土地の4.25倍の土地を8億6617万円の費用で購入する(そしてその土地の一部は、土地開発公社から水戸市が4億491万円で購入したものを購入価格の10分の1の4000万円程度で売却するとのこと)のも、特定団体に対する優遇措置であり、許されません。
いずれにせよ、今回の計画にまつわる利権がらみの疑惑が十分説明されていません。
5番目に、需要調査や収支計画、経営管理計画の欠如ならびに市民的論議の欠如です。
新市民会館計画における2000名収容の巨大ホール、3000名規模のコンベンションについては、肝心の需要調査がまともになされておりません。また、施設の稼働率や修繕費・維持費の見込みなどを踏まえた収支計画や管理運営計画も明らかにされていません。
これら需要調査や収支計画・管理運営計画等が明確に、根拠のある数値で示されない限り、いくら高橋市長が「コンベンションの拠点をつくり、交流人口を増やし、中心部を活性化する」などといっても、この計画は「絵空事」であり、税金の浪費に加え、将来も毎年赤字に悩まされ、厄介な「金食い虫」をつくる無謀な計画であるといわなければなりません。まさに「巨大箱物建設先にありき」です。ちなみに、年間の維持管理費は旧市民会館の場合、平成22年度で人件費や修繕費を除き約8000万円だったのに対し、新・市民会館は年間約3億円もかかるといわれています。3倍以上です。
この間、全国の地方都市でもコンベンション施設を競争してつくり、集客が思うようにいかず、軒並み赤字経営に苦しんでいますが、その愚を繰り返してはなりません。全国の文化施設づくりの教訓でも、規模や立地を決める前に、施設の完成後にどんな利用をしたいのかの市民的論議を十分行うことが必要だとされています。その点では、水戸市では、施設の設計や会議室など各部屋の配置も市民的に議論されていません。
以上のような危うさを抱えた今回の計画は、いったん白紙に戻し、事前の需要調査をきちんと行い、身の丈に合った市民の使いやすい市民会館をつくるべきです。
第6に、建設予定地周辺の交通混雑と駐車場不足の問題です。
予定地周辺の道路は一方通行が多く多数の車が一時に集中すると、交通渋滞は必至です。
3000人のコンベンションともなれば、大型バスを含む1000台内外の車両の駐車が必要になると見込まれます。市は、必要な駐車台数を700台と想定し、約400台を近隣駐車場の空車分を見込み、残り300台分の専用駐車場をつくるとしていますが、必要駐車場の想定が少なくないか、近隣駐車場の空車に依存しすぎていないか、疑問は尽きません。
自動車排気ガスと日照の問題で住民の反対運動が起こっていることも見過ごせません。
ちなみに、1514席の大ホールを持つ県民文化センターの駐車場は約630台です。それでも1000人規模の集会や催しがあると満車になってしまいます。新市民会館は、「駐車場不足と大渋滞で二度と行きたくない」という市民を生み出すことになるでしょう。
7番目に、イベントによる集客で街の活性化を図れるのかという問題があります。
年間に数えるほどのコンベンションやイベントの誘致による集客はその時だけの一過性のもので、街の活性化や賑わいをもたらす保証はありません。「集客の期待値だけをなんの根拠もなく過大に見積もり、需要を冷静に判断しない安易な発想が一番危ない」と専門家も警鐘を鳴らしています。まさに水戸市への警告ともいえるでしょう。高橋市長は新・市民会館に年間60万人の利用を見込んでいると表明していますが、これは平均で2000人が300日間利用しないと達成できない数値であり、根拠のないあまりに楽観的な過大見積もりであると言わざるを得ません。もっと地に着いた発想をすべきです。
人口減少時代を迎え、水戸市も税収増は望めなくなり、将来、深刻な財政難と急速な高齢化に直面することが予想される下で、確かな根拠のない呼び込みの集客に基づいた巨大な箱ものは「バブル期の時代遅れの発想」であり、厳に慎むのが常識ではないでしょうか。
巨大な市民会館を建設しても中心市街地の活性化につながりません。そもそも劇場型の文化施設によって周辺のにぎわいをもたらすことはできません。人の流れを滞留させるのは、美術館、博物館、児童館や公園など、不特定な時間帯に多様な人が自由に出入りすることができる施設です。街の活性化という視点で考えれば、市民会館は全く的外れだといえます。
中心市街地の活性化は市民会館建設とは別に取り組むべき重要課題です。市民が計画策定段階から参加し、市民の意見を十分に聴き、市民と行政が知恵を出し合って計画をつくり、親子連れや若者を含む市民が気楽に、日常的に利用し、集えるような施設づくりと街づくりを行うことこそが、街の活性化や賑わいを取り戻す確かな道といえます。
第8に、市民会館はコンパクトなものにし、節約した予算を福祉などに回すべきです。
市民生活が苦しくなっている下で、市民会館のために320億円もの莫大な支出をすることは多数の市民の理解が得られません。旧市民会館の規模で、十分機能が果たせます。
新・市民会館の建設には巨額の税金を投入しながら、学校給食や市立図書館地区館を人件費削減のため民間業者に委託し、私立幼稚園児に対する子育て補助金をカットし、下水道料金を値上げするなど、市民を苦しめる市政になってはいないでしょうか。
旧来の規模でのコンパクトで身の丈に合った市民会館ならば、「6水総」で決めた68億円程度で済み、250億円もの莫大な財源を節約できます。これだけの財源があれば、公共料金の値上げを抑え、子育てや介護、教育の充実や道路、下水道の整備など住環境の向上のために様々な施策が実施できます。
市民の暮らしを守り福祉を増進するという地方自治の原点から見ても今回の市民会館計画には問題が多いと言わざるを得ません。
9番目に、市議会の役割として市長の行政を厳しくチェックしてほしいと思います。
市議会議員は市長とともに市民の直接投票で選ばれた市民の代表です。市議会議員と市議会は市長の行う行政が公正かつ効率的に執行されているか、税金が無駄使いされていないか等を厳しく監視し、チェックアンドバランスの関係において公正で効率的な行政を遂行していく役割があります。それが戦後自治制の二元代表制の理念です。
このような市議会議員の役割と存在意義を考慮したとき、上記のような問題の多い新・市民会館計画を市議会が市長の言うままに追認してしまうことは、自らの責任と役割を放棄するものと批判されても仕方がありません。市議会議員としての責任と誇りにかけて、この問題に対応していただきたいと考えます。
最後に、今回のような極めて重大な案件は、ぜひ住民投票で直接住民の意見を聴いていただきたい。住民投票で直接市民の意見を聴くことは地方自治法にも保障されているように、市民の政治参加の重要な機会であり、合理的で道理があります。
高橋市長は先日の議会で「住民投票条例は必要ない」と述べられましたが、市民の意見表明の機会をなくし、市民が市政に参加する道を閉ざしてしまってもよい、とお考えなのでしょうか。市長が日ごろ強調される「市政への市民参加」や「市民と行政の協働」と矛盾する態度ではありませんか。高橋市長が現計画に市民の多数の賛同が得られると考えられ、その自信がおありならば、住民投票に反対する理由はないと思われます。それが市民の声を聴くという市民の代表としての市長の進むべき大道ではありませんか。ぜひ市民のために考え直して頂きたいと思います。
さらに、市長と議員の皆様によくお考えいただきたい。市長と議員の皆様だけで、これまで私が縷々述べてきた様々な問題を含むこの計画について、全市民と子供の世代までにわたって本当に責任を負えるとお考えでしょうか。やはり主権者である市民の判断と責任にゆだねる住民投票にかけることこそが賢明な選択ではないでしょうか。
水戸市の明るい将来と将来世代のためにも市長と議員の皆様の賢明なご決断を心からお願い申し上げまして、私の意見陳述を終わります。御静聴ありがとうございました。 以上
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イベント
全国自治研集会in 茨城 プレ企画
第33回 まちづくり学校
『平和と地方自治を考える』
憲法を住民の暮らしに活かすために、地域住民、自治体の職員と議員、研究者などが一堂に会して討論と交流を行います。今回は、第13回地方自治研究全国集会が10月1-2日に筑波大学を会場に予定されており、そのプレ企画として開催します。 かつて美浦村長として地域自治の先頭に立って活躍された市川紀行氏のお話しを伺うとともに、茨城における活動の報告をお聴きし、全国自治研集会に繋げたいと考えます。
日時: 6月25日(土) 9時30分 開校(9時受付開始)
場所: ふれあいの里『ひまわり館』
石岡市大砂10527-6 ☎ 0299-35-1126
講演: 市川紀行 氏 (元美浦村長)
『平和と地方自治を考える』
基調報告:
シンポジュウム:
特別報告:
昼食代 600円(希望者) 資料代500円(学生無料)
主 催 全国自治研集会in茨城 プレ企画実行委員会 後 援 石岡市
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くまモンに早く届けと出す小銭
あちこちで過激がもてる世の怖さ
戦争法塩漬けにして蔵の中
サミットは年を重ねてしわがふえ
ため息を風が運んでいく五月
泉 明 羅
(泉明羅・本名 福田正雄 水戸市在住、句歴 十二年、所属 元吉田川柳の会)
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茨城県自治体問題研究所からのお知らせ
第5回理事会の開催
1.日 時 :7月5日(火)午後6時30分~
2.場 所 : ミオス 2階・第2小研修室 常磐線赤塚駅北口前
3.議 題 : 第42回総会議案討議について
研究所 第42回総会の開催
と き:2016年7月16日(土)午後1時30分から
ところ:「茨城自治労連会館」
つくば市花畑3-9-10 ☎ 029-864-2548
記念講話: 「つくば市運動公園住民投票の経験」
講師:山本千秋氏(茨城県自治体問題研究所理事)
新刊紹介
実行段階に入った地方版総合戦略の課題、今後の方向(2)前号に続き本号で完
角田 英昭(自治体問題研究所)
3.地方版人口ビジョンと総合戦略の特徴と課題
2つ目は、策定業務の外部委託です。出生率や社会移動率、KPIの設定、効果検証をどう行うのか、各自治体はそこで苦労しており、それが委託の拡大に繋がっています。委託費も交付金の上限額(1000万円)に匹敵する額で行うなど、ほぼ「丸投げ」に近いところもあります。勿論、調査・策定業務の委託がすべて悪いわけではなく、日頃から協力・連携している調査研究機関などに委託し、共同で作業を行っている自治体もあります。問題はそれらの結果やノウハウを計画づくりに活かしていく自治体側の体制であり、専門的な職員の配置は急務です。
3つ目は、基本施策の中身です。最重点は「安定した雇用の創出」であり、農業・観光振興、企業誘致、女性・高齢者支援、創業支援、人材育成施策などが共通しています。その上に自治体特有の課題、東京オリンピックや北陸新幹線の開通、地方創生特区の指定、日本版CCRC構想、自然エネルギー施策などが上積みされています。
また、多くの自治体で人口減対策の目玉として、子どもの医療費や保育料の無料化、減免措置を率先して講じていますが、それは本来、国が率先して整備すべきものであり、自治体任せ、自治体間の競争の道具にすべきではありません。
4つ目は、「新たな広域連携」への対応です。これは市町村連携によって規模を拡大し、「コンパクト化とネットワーク化」により圏域全体の活性化と地域再編、公共施設の集約化を図るものです。その中心施策が連携中枢都市圏です。2016年2月現在、播磨、宮崎、備後、高梁川流域、瀬戸・高松、盛岡の6圏域で設定され、近々広島市、松山市、久留米市、大分市を中心に4圏域が形成されます。10圏域全体の参加自治体数は53市37町になります。石川県でも今月28日に金沢市を周辺3市2町が連携協約を締結しました。
先行事例を見ると、圏域全体の経済成長の牽引、高次都市機能の集積・強化が前面に出ており、中心市街地の活性化、主要駅周辺の開発促進、道路網、戦略的観光施設、高度医療施設の整備、社会教育施設や保育所、医療機関等の集約化・複合化、広域利用などが随所に盛り込まれ、日常生活に直結した生活関連機能サービスの向上は後退しているように見えます。
圏域運営の要となる連携協約は、連携施策を長期的、安定的に展開していく必要性から制度化されたもので、縛りもきつく、自治体間の紛争処理規定も定められています。広域連携は相互の自治保障が基本であり、実施施策の優先度、各自治体間の役割と負担、サービスの受益などに関して、対等平等、民主的なルールづくりが必要です。
「小さな拠点」も日常生活機能の集約化、拠点形成とネットワーク化が基本です。診療所や保育所、公民館、商店等が集約の対象ですが、小学校の統廃合が狙われています。これらの施設は集落維持の基本機能であり、そこに住み続けていく意欲や共同意識、基盤が失われれば、他都市への転出も考えられ、結果的に村全体の衰退につながる可能性もあります。また、地域交通の確立はネットワークの要であり、それを継続的、安定的に確保していくための財政措置、支援策は不可欠です。
なお、広域連携は合併に代わる新たな分権の受け皿でもあり、新たな自治体再編や道州制導入の道筋づくりにならないよう留意すべきです。
5つ目は、アベノミクスとの関連です。地方施策での規制緩和、民間開放、地方創生特区の活用を重点にしている自治体もあります。たとえば、秋田県仙北市は小規模診療所での外国人医師の診療解禁、温泉を活用した医療ツーリズムの拡大、東京都荒川区の都市公園内の保育所設置、愛知県の公立学校運営の民間委託、大阪府の革新的医療機器の開発促進、医療イノベーションの推進、神奈川県でも国家戦略特区や京浜臨海部ライフイノベーション国際戦略特区、さがみロボット産業特区の最大限活用による未病産業・ロボット関連産業の創出・誘致・育成などが掲げられています。それが本当に地域経済の発展、暮らしの向上に繋がるのか、検証が必要です。
6つ目は、住民参加、議会との関係です。小規模自治体では策定プロセスへの住民参加は比較的高いが、都市部では後退しています。パブリックコメントを実施する自治体は多いが、総じて一方通行で形骸化しており、地区単位の住民説明会や懇談会を行うなど双方向の議論ができるようにすべきです。議会との関係では、多くは全員協議会での説明・意見交換に止まっていますが、広島県は人口ビジョンを議会の議決事項、総合戦略は分野別計画として報告事項にしています。兵庫県も地域創生条例を定め、議会の議決事項にしています。また、議会に地方創生に関わる特別委員会を設置した自治体もあり、議会の役割をもっと重視すべきです。
4.今後の取り組みの課題と方向
それでは今後どう取り組んでいくのか、政策、運動の課題を考えてみたいと思います。
(1)地域づくりの目標と取組みの視点、実践の課題
各自治体は、国の方針に惑わされず、自らがよって立つべき基盤、軸をしっかり示し、住民の合意形成を図り、地域全体の確信にしていくことが大事です。また、現実的には使える制度・予算は積極的に活用していく知恵、対応も必要です。
①基本は、地域の実態や個性、宝もの(人材、資源、文化、景観、歴史など)を住民自らが調査し、地域を丸ごと再評価、再構築し、地域づくりを進めていくこと。自治体はこうした住民の自主的な活動に必要な支援と連携のシステムを確立していくこと。
なお、これらの諸活動に地域の未来を担う若手の自治体職員や住民、U・Iターン、地域おこし協力隊の人たちを積極的に位置づけていくことも重要です。
②国の長期ビジョンは、2060年に1億人程度の人口確保、労力・経済規模・成長率の維持を基本にしているが、これに追随せず、住民の暮らしや文化、生業を守り、幸福度、安心感を高めることを人口ビジョンの基本に据えること。
③人口減少社会をマイナス面だけで捉えず、それを都市のゆとり、自然災害に対する脆弱性の克服、安全性の確保、環境との共生など、質的な転換につなげていくこと。
中山徹氏(奈良女子大学大学院教授)は、「人口減少によって生み出される空間を公園緑地の拡充、居住環境・災害危険区域の改善、都市景観の回復、文化・歴史の継承、子ども・高齢者、障害者にやさしいまちづくりを進めていくことが重要」(『地方消滅論・地方創生政策を問う』2015年・自治体研究社)と提言しており、それが基本になります。
中央防災会議によれば首都直下大地震、南海トラフ巨大地震の発生確率は30年以内に70%(東海地震は88%)以上と指摘されており、安心・安全のまちづくりは急務です。
④地域の実態は、集落・地区単位からリアルに把握し、行動化につながる具体的で、わかりやすい対策を示していくこと。
⑤移住・定住対策では、空き家や公営住宅の有効活用、子育て施策や生活・定住支援策の充実、雇用の場の確保等の充実とともに、各自治体が目指す独自のまちづくりと一体的に進めていくこと。
(2)「新たな広域連携」の柱である連携中枢都市圏や定住自立圏、「小さな拠点」の推進に当たっては、中心都市と周辺市町村は対等平等であり、相互の自治保障の上に立ち、施策の展開では拠点開発、公共施設等の集約化優先でなく、圏域全体の住民サービス向上を基本に据えること。
特に連携中枢都市圏では、圏域ビジョン、連携協約の内容を精査していくことが必要です。
(3)公共施設は、地域・コミュニティの核をなすもので、住民の暮らしや福祉の向上、地域の連帯感の醸成、社会的活動の拠り所であり、基本となる施設、機能は確保していくこと。特に小中学校や公民館等の統廃合が進んでいますが、これらはコミュニティの基盤的な施設、地域的な絆の要であり、原則現在の配置を維持していくこと。
今日の人口減少や人口構成、住民ニーズの変化、将来負担等を勘案すると、公共施設のあり方の見直しは必要ですが、実施に際しては、地域の実態と将来を見据え、対象施設の選定、整備方針や跡地利用、財政運用等の情報公開、住民参加(ワークショップ方式等)の徹底、住民・専門家の意見等の施策への反映の仕組みづくりを明確にし、住民、地域の合意を図って丁寧に進めていくことが必要です。
(4)地域再生に向けては地域経済の発展が不可欠であり、地域内の経済主体の積極的な参加を進め、地域内経済循環と再投資力の強化、自治体の権能と役割の拡大を図っていくこと。
岡田知弘氏(京都大学大学院教授)は、①地域内の経済主体が地域に再投資を繰り返すことで仕事と所得が生れ、住民生活が維持・拡大され、自治体の税源も保障される、②地域内の再生産の維持・拡大は、生活・景観の再生産につながる上、農林水産業の営みは土地・山・海といった「自然環境」の再生産、国土の保全に寄与する、③自治体は地域における一大投資主体であり、その行財政権限を駆使し、個別経営体や協同組合等への支援、仕事・雇用の創出、中小企業振興条例や公契約条例の制定など、地域経済の確立に向けて積極的な役割発揮が求められると提言しています。
(5)政府は、国主導、意図的・選別的な政策・財政運用を見直し、雇用や医療、教育など基礎的、
基盤的な制度は、ナショナルミニマムとして国が責任を持ち、率先して整備すること。
①「地方創生」に関わる財政運営、交付金制度は、国主導のメニュー選択方式や競争的な交付金重視の方式は改め、新型の地方創生推進交付金は、各自治体の自主的、自発的な計画・施策形成、取り組みの推進に役立つ、自由度の高いものにすること。
②政府は、国連「持続可能な開発のための2030アジェンダ」(2015年9月国連総会採択)に基づく人間らしい労働の実現とそれを具現化する(仮称)ディーセント・ワーク法など雇用・労働関連法制・施策を確立すること。
また、子育て世代夫婦合わせて年収500万円モデルは見直し、都会でも安心して子を産み、育て、暮らせる適正な所得保障モデル(社会保障手当含む)とその実行計画を示すこと。
③子どもの医療費や教育費の保障は、政府がナショナルミニマムとして責任を持ち、当面、義務教育年齢まで無償化すること。
また、教育費は、地方では高校、大学通学で別居を余儀なくされ、家庭は学費・生活費の仕送りで過大な負担を強いられ、学生は卒業時に多額の借金(奨学金など)を抱えています。ヨーロッパ等では大学授業料は原則無料であり、当面、わが国の高額な授業料は大幅に引き下げ、奨学金制度は貸付型から給付型に転換し、奨学金返済は自治体、雇用企業などと協議し、減免制度を拡充すること。
④政府施策の基礎にある大都市や大企業の成果・利益が、いずれ地方都市や農山魚村、中小零細企業に及ぶという「トリクルダウン」の発想を転換し、小規模、地域から新たな暮らし、経済、地域活性化の基礎をつくり、それを地方都市、大都市に波及させ、相互の発展を図るという政策運営、国土計画に転換すること。
大都市は他の周辺地域・自治体と相互依存することで成り立っており、大都市と地方、農山漁村を「選択と集中」、便宜的な役割分担論で分断せず、実質的な連携と相互支援を強め、農山漁村には社会的な投資を積極的に行っていくこと。
最後に、地域の未来、自治体のあり方を決めていくのは主権者としての住民であり、自治体です。地域の個性、資源、課題を科学的、多面的に把握し、政策をつくり、自治の力、担い手を育て、何よりも「この地域で生きることに自信と誇りを持ち続けること」が重要です。また、現状の困難を克服し、未来を切り拓いていくには運動がなければ前進しません。職場、地域から大きなうねりをつくっていきましょう。
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